印伝

Life with INDENstory vol.9

古屋 絵菜Ena Furuya山梨県甲州市在住
染色家

山梨県甲州市在住
染色家

山梨県甲州市在住
染色家

母の影響から見えてきた
芸術家への道。

溶かした蝋で布に絵を描く、ろうけつ染めの技法を用いる染色家の古屋絵菜さん。同じ染色家である母・真知子さんの影響を受け、幼い頃から芸術と工芸が身近な環境で育ってきました。この日訪れたのは彼女がアトリエを構える甲州市の生家。居間で寛ぎながら、自身の原体験を振り返ってくれました。「母がアトリエで染色をやっていたので、絵を描くことと生活することが同じ行為だという認識で成長してきたんです。それこそ、どの家でも親は絵を描いていると思っていたくらいに(笑)」

自身の家庭環境が特殊だと気がついたのは小学校高学年くらいのこと。古屋さんには映像作家の妹・桃与さんと1級建築士の弟・友只さんがいますが、三人の子どもたちを育てながら毎年2回大きな展覧会を開いてきた母の背中を見続け、その頃から将来は美大に進学して“絵を描く人”になりたいと思い続けてきたといいます。「母が美大卒なので、それ以外の選択肢はありませんでした。もうひとつ大きかったのは、日本画家の奥田元宗さんの作品に感動したことですね。幼いながらに自然の凄さを感じて、日本の自然を描こうと決めたきっかけになりました」

ろうけつ染めと、 作品のモチーフである花との出会い。

古屋さんがろうけつ染めに触れたのは武蔵野美術大学に入学してからのこと。幼少期から真知子さんを通じて技法としては認識していたものの、特に意識はしていなかったのだとか。「大学はテキスタイル科に入学して、授業にろうけつ染めが組み込まれていたんです。ろうけつ染めには特有の表情があって、輪郭がはっきりして立体的に仕上がるんですね。意外かもしれませんが、工芸なので身体的な動きがあるんですよ。水洗いとかロウ取りとか生地を触るなかで手が汚れたりしますし、結構体力を消費するんです。そういう身体を使って描くダイナミックな感覚に惹かれた部分もありますね」作品のモチーフに花を選ぶようになったのも大学時代にルーツがあります。きっかけはファイバーアートの課題に取り組むために、実家に帰省していた時のことでした。「何でも作っていいという自由なお題の中で、実家の近辺を散歩しながら、自分が何に一番感動するのかを考えたんですね。道端に咲いていた花を見た時に、私には山や空を描くことはできないから、身近な自然物として花をモチーフにしようと決めました」

自然は美しくもあり 恐ろしくもある。

古屋さんを語る上で欠かせないのは、やはりNHK大河ドラマ『八重の桜』のタイトルバックに起用された彼女の出世作といえる壮大な桜の絵です。その代表作を引き合いにして、自身の制作スタイルを教えてくれました。「北杜市の神代桜から辺りに生えている桜まで、いろいろな桜を見に行きました。ひたすら桜をスケッチして、最終的に脳裏に残ったイメージを描くんです。なので、実際に描く時は本物を見ないんですよ。花の味や香りも自分の中でデフォルメして、ニュアンスやタッチに表しています」作品のテーマとして共通しているのは「自然に対する畏怖」。そこには前述の奥田元宗さんの作品と、自身が山梨で生まれ育ったことが深く関わっていました。「自然風景って崇高なものだと思うんです。例えば山は“霊峰”と言い換えられますよね。奥田さんの作品から伝わってきた畏怖を私は山梨の自然から感じるんです。自然は人間にとって感動と恐怖にもなり得る。幽玄で儚い花にも奥の方にはダークな部分がありますし、そういった不気味な部分があるからこそ、人は自然に惹かれるんじゃないかなって」

私独自の表現から、 ろうけつ染めの存在を伝えていきたい。

唐草・桜・梅など印伝の模様には自然界のモチーフが多く採用されていますが、それは自然の美しさと畏怖に対しての敬意によるものとされています。その意味において、古屋さんと印伝には大きな共通項があると言えるでしょう。「これ、かわいいでしょ」と古屋さんが見せてくれた印伝は、古典模様の乱菊・牡丹・モダンなヘリンボーン柄など、彼女の審美眼を感じさせる貴重なデザインばかり。「はじめての印伝は母からもらったトンボ柄のパスポートケースです。私は地元愛が強くて、山梨由来のものを持ちたいんですね。人に知ってもらいたいという気持ちもあって」

印伝を手にとりながら、芸術表現と伝統工芸でもあるろうけつ染めへの想いを聞かせてくれました。「私は職人の元で修行してきたわけではないので、たぶん筆の洗い方から職人さんとは違うと思います。それに職人と呼べるほど技術は卓越していませんし、表現自体も本来のろうけつ染めとは違うという自覚もあります。ただ、そうやって私独自の表現を深めていくことで、私なりにろうけつ染めという伝統工芸の存在を伝えていきたいですね。作家として自分の爪痕をしっかりと時代に残していきながら」

古屋 絵菜Ena Furuya

1985年生まれ。山梨県甲州市(旧大和村)在住。武蔵野美術大学大学院出身。卒業後はろうけつ染めの染色家として活動し、現在は甲州市の生家にアトリエを構えながら全国各地にて企画展などを開催。NHK大河ドラマ『八重の桜』のオープニングタイトルバックに作品が採用、中国にて個展を開催するなど、国内外での評価が高く、その将来が嘱望されている芸術家のひとり。2017年8月には印傳屋の新聞広告用のビジュアルとして、桔梗の花ととんぼをモチーフにした描き下ろし作品を発表した。

JAYPEG 古屋 絵菜
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