印伝

Life with INDENstory vol.12

三澤 彩奈Ayana Misawa山梨県甲州市在住
ワイン醸造家

山梨県甲州市在住
ワイン醸造家

山梨県甲州市在住
ワイン醸造家

ブドウの一番いい瞬間を
逃したくない。

右手に八ヶ岳、正面に甲斐駒ケ岳、そして左手に富士山を望む斜面に広がる、三澤農場のブドウ畑。収穫を終え、葉を落としたブドウの樹は、横に広く枝を伸ばす棚栽培とは異なり、まっすぐ空に向かって枝を伸ばしています。この垣根式栽培が、この畑の特徴。収穫量は棚栽培よりも少なくなるけれど、果実味がギュッと凝縮したブドウが実るといいます。 「1月には、剪定をします。残した枝からは、春になると、芽が出て、今年の実りのための新しい枝が伸びてきます」と、畑を案内してくれたのは、この畑の責任者であり、山梨を代表するワインブランド「グレイスワイン」の醸造責任者である三澤彩奈さん。大学卒業後にフランスや南アフリカで醸造を学び、父・茂計さんが4代目を務めるこのワイナリーで、ワイン造りを始めました。

「やっぱり畑にいるのは好きですね。夏から秋には朝早くから毎日畑です。不要な芽を摘み取る『芽かき』をしたり、余分な枝を払ったり、やることは常にあります。8月の末からは収穫と、ワインの仕込みが始まります。1年で一番好きな季節です。ブドウが一番いい状態を逃さずワインを仕込みたいから、寝る暇も惜しい。大変だけど、一番充実感を味わえる季節なんです」 言葉を選びながらゆっくりと話す三澤さんですが、その静かな語り口からはワイン造りへの情熱があふれるようです。

頭の中にあるのはいつも ワインづくりのことだから。

「いいクオリティのおいしいワインを造りたい」という、三澤さんの醸造家としてのこだわりは、「コーヒーや辛いものは味覚に影響するから口にしないし、化粧品はもちろん洗剤やシャンプーなども香りがワインの邪魔にならないように気を遣っています」というほど。オフの過ごし方や気分転換は? と訊ねると、「よく、『趣味は何ですか』と聞かれるんですけど、正直なところ、趣味がないんです」と困ったように笑いました。

「特に収穫と仕込みの3ヶ月間は醸造所に泊まり込んでいて、テレビもないし、気分転換にもワイン関係の本を読むくらい。醸造の機材のことを調べたり、カスタマイズを考えたりするのも楽しいですね。たとえば樽から試飲用にワインを抜き出すピペットも、自分が使いやすいように考えて、特注で作ってもらったんです。そういえば、そういうワイン造りの装置や道具をただの機材だと思ったことはないですね。大事なパートナー、のようなものでしょうか」

自分のための生活雑貨や小物などを選ぶときも、ワイン柄があれば気になってしまうし、選択肢の中にブドウ色のものがあったらそれを選んでしまうそう。では、人を見るときは? 「あ、この人は甲州っぽいなー、カベルネソーヴィニヨンっぽいなーとか、思ってしまうことはあります(笑)」とのことで、彼女のアタマの中はまさにワインでいっぱいの様子。でも、ただストイックに没頭しているだけではなく、それが楽しそうでもあるのが印象的です。

すべては甲州のために。

そんな彼女にとって特別なブドウ、それが甲州です。ずっと山梨で栽培し続けられ、長い歴史を持つブドウですが、その知名度と価値をぐっと高めたのが、この畑で育った甲州で三澤さんが造った「キュヴェ三澤 明野甲州2013」の、世界的アワードの金賞受賞でした。

「甲州ブドウは、もともとワイン造りのために生まれたブドウですが、未だ試されていないことが多いんです。たとえば栽培を垣根仕立てにしたことだけでも、ぐっと糖度が増し、その可能性を教えてもらいました。だから、これからもっともっと甲州の良さを引き出したワインは造れると感じています。醸造技術に頼るだけではなく、なるべく自然に造ることで、甲州の力を引き出したい。もともと、甲州は、祖父と父が人生をかけてきた品種です。その思いは、私にも自然と受け継がれていると思います」

目標は、甲州とともに山梨というワイン産地を確立すること。そんな思いでワイン造りをしている彼女が、大切にしている言葉があります。「small is beautiful(小さきことは美しきかな)」。著名な経済学者であるF・アーンスト・シューマッハーのエッセイのタイトルですが、これもまた「昔、父の本棚に見つけて」という、父から娘に受け継がれたもの。

「ワインづくりは時間のかかるもので、それに携わるようになって、私も10年20年と長いスパンでものを考えるようになりました。その流れの中で、大切にしなくてはならないものは、身近なもの、自分自身や家族、ワイナリーの社員、そしてブドウ畑…。地方での小さなワイン造りの良さを活かして、目の届くところ、手の届くところを大切にしたい。それが私のsmall is beautifulなんです」

自分自身も目指している
ワインのようになりたい。

ワイン造りへの情熱、ブドウへの思い、さまざまなものを父・茂計さんから受け継いで醸造家の道を歩いている彼女にとって、印伝のアイテムもしばしば父から贈られてきました。特に、ワイナリーに就職するときにもらった印伝の青海波模様の名刺入れは、思い出深いプレゼントだったと言います。 「父は目標としている人であり、追いかけていくことで精一杯。そんな父の元で醸造家として仕事を始めるときにもらったものでしたし、この模様は何か私へのメッセージなんじゃないか…とか勘ぐったりもしましたけど、すごくうれしかったですね」 山梨というふるさと、甲州というふるさとの味を自分の中に持っていることを、とても幸せに感じるという三澤さん。印伝もそんな山梨人としてのアイデンティティの象徴のひとつ。

「桜模様のペンケースは高校生の頃から今もずっと愛用しています。印伝は、身近なものなんですよね。ずっと使っていても飽きないし、だんだん自分のものになっていく感じが好きです」 そういう印伝の「時を経て生まれる味わい深さ」は、ワインにも共通するキーワード。三澤さんがこれから目指していくのはそんな、熟成させてもおいしい甲州のワインです。 「これからも甲州らしいキリッとキレイな味わいのワインの造り手として、ストイックな気持ちで凛とワイン造りをしていきたい。そして、『グレイスワイン』という名前のように、自分自身もgrace(優美な、気品ある)な人でありたい。ワインは自分を映す鏡であり、そして私自身もワインにつくられていくのだと思います」

三澤 彩奈Ayana Misawa

中央葡萄酒株式会社4代目オーナー三澤茂計の長女として生まれ、幼い頃からワイン造りに親しむ。単身渡仏し、ボルドー大学でワイン醸造について学ぶ。のち、南アフリカ・ステレンボッシュ大学院に進学。ニュージーランド、オーストラリア、チリ、アルゼンチンのワイナリーで研鑽を積み、中央葡萄酒株式会社に入社。2014年、世界最大級のワインコンクール「Decanter World Wine Awards」にて、日本ワイン初の金賞に輝く。2015年、二年連続となるリージョナルトロフィー(アジア地域最高賞)を受賞。

GRACE WINE
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