山梨県在住
発酵デザイナー、「発酵デザインラボ」代表
目に見えない微生物の声に、
耳をすまして
西へ東へ、過去へ未来へ
世界でただひとりの発酵デザイナー、小倉ヒラクさん。現在は専門を極める彼だが、発酵に出会う前までは、ふわふわと漂うような生き方をしてきたらしい。大学の専攻は文化人類学、バックパッカーとしてアジアを旅したり、「展覧会をしたらいいよ」の誘いでフランスに行ってしばらく暮らしたり。就職活動もそこそこに、偶然入社した会社で、運命の出会いは待っていた。
「発酵」の世界に魅せられて20年ほど。10年前、発酵食品をつくるにも環境が良さそうという理由もあって引っ越した山梨県甲州市内のラボ、同じ市内にあるオーナーを務める発酵食専門店「発酵デパートメント山梨」で話を聞いた。
体が弱い20代男子、
「発酵」と出会う
今でこそ地方暮らしのヒラクさんだが、20代前半は東京都内で、都会暮らしを謳歌していたそうだ。インハウスのデザイナーとして仕事は充実していたし、20代の遊び盛りらしく、「毎夜ヘロヘロになるまで遊んでいた」と語る。ただ、その生活は長くは続けられなかった。 「体が悲鳴をあげていた頃、会社の後輩が『私の先生に会いに行きましょう』と東京農業大学の小泉武夫さんのところに連れて行ってくれたんです。僕の顔を見るなり「体が弱いだろう。毎朝味噌汁を食べるんだ」と言われて。その言いつけを真面目に守ってみたら、体調がよくなってきたんです。それで発酵について調べていたら、微生物のはたらきってすごいな、発酵っておもしろいなという気持ちが強くなっていきました」 その後、会社をやめてフリーランスのデザイナーになったヒラクさん。 独立したてで時間もたっぷりあったので、呼ばれるままに地方へ旅するようになる。
仕事を頼んでくれる農家や個人事業主のもとに滞在して、じっくりと彼らのオーダーに向き合うと、自然と「課題を解決するデザイン」が生まれてくるようになった。 「リュックサックに、ゴム長靴、パソコン、一眼レフカメラが基本の装備でした。行った先に何日か滞在して、必要なものをデザインして納品。また次のとこ行くみたいなことをやってたのが、2010年ぐらいから2014年ぐらいまでかな」 あちこちを歩いて知ったのは、多くの地域で醸造蔵がまちをかたちづくる上でハブになっていること。発酵が各地の文化と深く結びついているのだと体感していった。この頃の「発酵デザイナー」前夜の時期も、後のヒラクさんの活動の素地になっている。
定義からパッケージまで 初めての「発酵デザイン」は 甲州味噌について
フリーランスのデザイナーとしての初期の仕事のひとつが、甲州味噌のパッケージデザイン。発酵とヒラクさんの仲人となった前出の後輩の実家、山梨県甲府市の「五味醤油」から依頼されたのが、この仕事だった。
「味噌のパッケージのデザインが、すごくおもしろかったんです。最初、蓋がふっとんじゃって。味噌って生きてるんだなって感動したのをすごくよく覚えています。バルブをつけることにしたんだけど、最初は、そんなこと考えもしなかったですから。普通のデザインじゃ通用しない。それに、生き物を扱っているんだと考えたら、味噌自体のことをもっと伝える必要があると思いました」
山梨でつくられている「甲州味噌」は、仕込む段階で、米麹と麦麹どちらも使う味噌で、実は全国的にめずらしいもの。全国の味噌のなかでの定義がされていない状態だった。
そこで、その後学び直しに通うことになる東京農大の研究室に相談。100人に試食をしてもらい、他の味噌と味を比較してもらえば、「甲州味噌」という新しいカテゴリーができると言われて、発酵にまつわるイベントを五味醤油の6代目、五味仁さんと企画した。これがのちに、全国から醸造メーカーが集まる「こうふはっこうマルシェ」の前進になる催しだった。
微生物の研究も、インバウンドのツアーコーディネートも。 ライフワークは拡張し続ける
五味さんとの縁は現在も続き、一緒にさまざまなプロジェクトを手がけてきた。『手前みそのうた』もそのひとつ。味噌の仕込み方が歌と踊りで表現されていて、全国の食育の現場で使われるようになっていった。その取り組みが評価され、グッドデザイン賞を受賞。そのときの取材で、ヒラクさんの活動を「発酵デザイナー」と表現した新聞記者がいたことで、新たな扉が開けたという。
「発酵デザイナーってわけわからない。だけど、僕しか名乗れないと思って、名前をもらっていいか記者に連絡しました。それ以来今のところ世界で唯一の発酵デザイナーです(笑)」
味噌が呼吸を続けられるようにつくったパッケージに始まり、今では世界中から発酵ラバーがやってくる小売店「発酵デパートメント」の経営や商品開発、10万人規模の動員がある発酵ツーリズムのキュレーションなど、仕事の幅は広がり続けている。それでも、「味噌が生きてる」と感動し、デザインに生かしていった原点のモチベーションは、今も「全く変わらない」と話す。
「醸造家と一緒に商品開発をたくさんするんですが、以前より発酵デザイナーっぽさが増していると思います。昔は外側しかデザインできなかったのが、中身も一緒にデザインできるようになってきました。どういう方法論で発酵させて、どの容器を使うのか。どんな菌を使って、どれぐらい熟成させるか。キャッチボールしながら決めていくんだけれど、これこそ目に見えない世界のデザイン。僕の仕事の領域は、より専門的になって広がっているけれど、おもしろい!っていう最初のインスピレーションはずっと一緒です」
全国のメーカーと手を携えて 文化が消える危機に立ち向かう
現在、ヒラクさんが力を入れている仕事のひとつが、新潟県にある長岡技術大学とのプロジェクト「発酵を科学するラボ」での研究だ。日本各地の伝統的な発酵食品について、働いている微生物や代謝プロセスなどを解明していくとともに、文化的な背景もしっかりと調査していく。理系文系を越えた研究から、日本の発酵食品の優れた合理性を証明していく狙いがある。
「一つひとつの商品をデザインするのではなくて、『日本の発酵』という概念をデザインする感じ。実は今まで、醸造産業の領域が広すぎるゆえに、その概念がなかったんです。
味噌は味噌、醤油は醤油、酒は酒で、全部縦割りで価値が存在していた。でも、今必要なのは、全部を日本の発酵というひとつの土俵にあげること。そうすることによって、日本の発酵食品の価値を再確認していきたい。この枠組みでなら、家族経営の小さな食品メーカーも一緒に、戦略を考えていけるはずです」
「日本」を背負った仕事に、押しつぶされそうになることもあるという。それでも、ライフワークとして発酵に関わり続ける理由は、とてもシンプルだ。
「島とか村とか、日本各地でローカルでものづくりをしてきたおじちゃんおばちゃんにたくさん会ってきました。彼らは、惜しげもなく自分たちがしてきたことを僕に教えてくれます。そうやって託されたバトンを、責任を持って次の世代に託す。途切れないようにすることが、根底にあるモチベーションです」
帰って来る場所はここ 山梨暮らしが好きな理由
ヒラクさんの今の暮らしをならすと、1年の3分の2は出張。自宅のある山梨で過ごせる時間は多くない。だからこそ、甲府盆地を見渡せる里山での生活は、自分を保つためにも必要なものだという。 「山梨って、明るくて、風通しがよくて、20歳前後に少し暮らしていたフランスの空気に近いものを感じるんです。ここでお茶をしながら景色を眺めるのがまた最高で、人工物がほとんど見えないじゃないですか。都会に行くと、人が多いだけじゃなくて、建物も、光も、人がつくったものばかりに囲まれているのが辛くって。 今見ているような、自然が8割を占めるような環境にいると、結局自分も景色の一部で小さな存在だと思えて気持ちが軽くなります。全体重をかけて仕事に向き合ってしまう自分にとって、自分を追い詰めすぎない、相対化できる場所を持っていることは大事な気がしています」
菖蒲柄に込めた ここで、がんばる決意
愛用する印伝の財布を購入したのは、ちょうど山梨で暮らし始めた10年ほど前。「発酵デザイナーと名乗り始めたのも同時期で、ここで暮らして、自分の決めた道で勝負するんだと決意を込めて買ったのが、菖蒲柄の財布です」 菖蒲柄は、「勝負」「尚武」に音が通じ、強い香りが疫病を防ぎ邪気を払うといわれ、古くは武士にも尊ばれた柄だそう。それにしても、ヒラクさんの財布へのダメージは、なかなか激しい。日々の相棒としてボロボロになった財布でも、直して使い続けられると聞いて、ぱあっと顔が明るくなった。 「発酵デパートメントのレストランでも、漆器の器を使っていて、もう何回も塗り直してもらっているんですよ。新しいものを買った方が早いとしても、つぎはぎしながら、直しながら、味が出ていく。そういうものが僕は好き。工芸と発酵って用途が違うだけで、生まれた根っこは一緒だと思っているんです」
美しさを求めたのではなくて、生きるための術として生まれたこと。グローバルな文化を共有しながら、ローカルの日常の暮らしでつくられていくもの。ヒラクさんの視点は、工芸と発酵にそんな共通点を見出していた。 印伝のルーツははるかインドから、さまざまな発酵の技術もアジアからやってきて、それぞれの土地に根差していったものが多いという。世界が均質化し、ローカルな発酵食が失われていく危機にある今、ヒラクさんが担う、発酵食を次世代につないでいく仕事の意義は大きい。 「それぞれの土地で生まれたものを、大切にしていきたいです。そこには、目には見えないけれど、わくわくする微生物の働きがある。発酵デザイナーとしての原点を忘れないためにも、20年でも30年でも、直しながらこの財布を使っていきたいですね」

小倉 ヒラクHiraku Ogura
1983年、東京都生まれ。発酵デザイナー、「発酵デザインラボ株式会社」代表。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨の山の上に発酵ラボをつくり日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。2020年4月に下北沢に店舗『発酵デパートメント』オープン。2025年、東海3県を舞台にした「発酵ツーリズム東海」をキュレーション。著書に『発酵文化人類学』『オッス!食国 美味しいにっぽん』『アジア発酵紀行』など。YBSラジオ「発酵兄妹のCOZY TALK」、Podcast「#ただいま発酵中」パーソナリティ。
発酵デパートメント文:小野 民 / 写真:砺波 周平





