山梨県南アルプス市在住
SOIL代表
お米の畑で 生姜をつくるお姉さん
山梨県南アルプス市を拠点とした生姜生産農家であり、生姜を使ったオリジナルドリンクと菓子類の製造・販売を行う食品・飲料品メーカー「SOIL」。地域おこし協力隊での修行を経て、2020年に間借りした畑を用い、くわ1本で生姜栽培をはじめたという代表の手塚美砂子さんは、今や同市の果樹生産地帯で有名な“お米の畑で、生姜をつくっているお姉さん”だ。
「厳しい意見をいただき、心がくじけそうになったこともあります。でも、下手なら下手なりに多少はできてくるもので、『なんとなくものになるかもしれないな』という自分の感覚を頼りに続けてきました」と穏やかに語る。
コンセプトは、大人が楽しめる時間の提供。そして、土から生まれるプロダクトであること。6種のジンジャーエールとクラフトコーラ、そして2種のバターサンドが自分の人生を楽しむ大人たちのあいだで静かなブームとなりつつある。そんな心地よいプロダクトの仕掛け人である手塚さんの畑と工房を訪ね、特製のドリンクを片手にお話を伺った。
農業は、私が大好きな
「DIY」そのものだった
幼い頃から絵を描くことやDIYが大好きで、多摩美術大学環境デザイン学科を卒業。東京に暮らし、デザイナーとして忙しく駆け回る日々を送っていたという手塚さん。しかし、結婚して子どもができると、「これまでのようには働けない」というジレンマに直面する。
「子どもが急に熱を出せば働くことはできず、第一線で責任のある仕事を…というわけにはいかなくなります。みんなはどうしているんだろう?と、子育てしながら働いている周囲の人たちを観察してみると、誰かヘルプしてくれる人が近くにいるようでした。私も、両親のサポートを得られる山梨でなら、自分らしい仕事を確立していけるのかな、と思いました」
デザインの仕事はもちろん、それまで講師を務めていた専門学校の仕事も辞めて、再出発。働き方も、暮らし方もガラリと変わったという。
「もともと私はDIYが大好きだったのですが、農業はDIYの感覚に近いように感じています。何度も試行錯誤を繰り返して、ちょっとずつよくしていくのが農業だと感じていて、それが楽しいです。最初から素晴らしいものがどんと出来上がるわけじゃない。うまくいかないこともいっぱいあるけれど、ちょっとずつでも良くしていければいいかなと、日々畑に向き合っています」
アルコールが飲めない 大人のコンプレックス
農業未経験だった手塚さんは、南アルプス市の地域おこし協力隊の活動から研修をスタート。果樹園を営む実の父ではなく、あえて別の農家で学ぶことを決めたのは、より広い視野を持てる環境で、地域のことや農業に触れておきたかったからだという。もも、さくらんぼ、すもも、ぶどう。地域の特産である果物をメインに農業を学ぶという研修の中で、手塚さんは「ぶどう」に焦点を当てていた。
「ワインをつくりたいと考えていました。でも、すごく大変なことに気がついてしまって…。私、お酒が飲めないんですよね。ワインを飲めない私が、美味しいワインをつくるのは難しいだろうって。そんなときに思い出したのが、大好きな辛口のジンジャーエールでした。あのジンジャーエールのように、ノンアルだけど美味しく、お酒に引けをとらない飲み物がつくれないかな?とひらめきました」
研修先の農家で、師匠の畑を間借りして、いくつかの生姜を土の中に眠らせて。その生姜が芽吹いた様子を見た手塚さんは手応えを掴んだという。
「お酒が飲めないことは私のコンプレックスでもありました。お酒が飲めなくても、お酒を飲めない人も、ご機嫌でいられるような美味しい大人のドリンクがあったらいいなとずっと思っていました。ジンジャーエールで独立してみようと決めました」
生産者であり、
プロデューサーでもある
とはいえ、それまで果樹栽培を学んできた手塚さんにとって生姜は未知の分野。自ら調べることはもちろん、地域おこし協力隊の活動を通して生姜栽培で有名な高知県に農業仲間をつくると、現地を訪れ、生姜農家を訪ね歩いて情報を集めた。 「農家さんを回らせていただくうちに『こうやって生姜はできる』ということが分かってきました。生姜は連作ができない作物であり、産地である高知県では、お米と生姜を交互に作っているという農家の方がたくさんいらっしゃいます。柔軟に、工夫をしながら農業をしている方とお会いすることができ、可能性を感じられました」 初年度こそ収穫量は多くはなかったというが、手塚さんはすぐにプロダクトの製作に取り掛かる。パッケージデザインや商品開発は専門家に依頼し、4種のジンジャーエールを完成させた。
「デザインや味など、感覚が重要な領域はプロに任せようと決めていました。ブランドとして認知度を拡大するためには、最初の設計が重要です。外も中もリンクしていい商品を届けたい気持ちがすごくあったので、最初から完成度の高い状態を目指しました」 生産にもこだわり、商品にもこだわる。土からうまれるプロダクトであることを核とするゆえ、屋号は「SOIL」だ。 「何よりも大切にしているのは、万人受けする商品を作らないということです。子どもから大人まで誰にでも受け入れられるものではなく、少し偏っていてもいいから、コアな人に届くものを作りたいと考えています。だって、世の中にはみんなに刺さる商品はすでに溢れていますから。そこはもう私の役目じゃないかなって」
“いいもの”だから、
揃えたくなる
好きなものは好き。自分が何かを選ぶ際にもこだわりがあるという手塚さん。取材の最初に目にした名刺入れのほか、財布、印鑑入れとバッグの中の小物はすべて印伝。「いいものだから、揃えたくなる」と、同じ亀甲柄で揃えて愛用していることを教えてくれた。
「最初に印伝を手にしたのは大学生のとき。母がお財布をプレゼントしてくれたのがきっかけでした。それから時が経ち『地元のいいものを使いたい、紹介したい』と、社会人になって名刺入れを購入しました。ボロボロになったら買い替えて、もうずっと同じ柄をリピートして使っています。会社を設立した際には、『山梨だから石でつくろう』と瑪瑙(めのう)で実印を作成しました。この美しい石には印伝の印鑑入れがぴったり。自分でも何度も見惚れてしまうような、お気に入りの組み合わせです」
印伝を傍に、山梨への想いをのぞかせてくれる手塚さん。しかし、10代の頃は故郷のことを好いておらず、逃げ出したいと感じることがあったという。
「町も学校もなんだか自分の居場所のように感じられず、楽しくなくて。自分の世界を持っていたくて絵を描いていたのだと思います。それが、大人になった今は違う。大人になって帰ってきた故郷は、自分が知っていたそれとはまるで違うように映るほど魅力的で、なんだか不思議な感じがしています。山梨は、自分が思っていたほどつまらない地域じゃなかった。それを知ろうともせず、山梨を出てしまったのだと思います。だから、今は縁を結び直しているところ。いろんな人に出会い、人生をより面白くしていきたいですね」
素敵な生き方をする かっこいい大人たちへ
大人の夜のジンジャーエール。それは、大人たちに、大人である時間を楽しんでほしいという手塚さんの願いが込められた商品だ。
「大人になって子育てを経験していく中で、ある思いが芽生えました。それは『大人になってからの世界は、すごく楽しいんだよ』と、子どもたちに伝えていきたいということ。だから私は、自分の活動を通して、大人になるとこんな素敵な世界もあるんだよということを表現できたらいいな、と。大人になってからの時間というのは、子どもでいられる時間よりもずっと長いですから」
こう話す手塚さんは、自身も心地よく、ハッピーでいられる時間をとても大切にしていられるのだという。
「東京にいた頃は、他人の年収やマンションの値段を気にしてしまうようなことも多かった。けれどやはり、何が一番大切かというと、自分の人生がどうあるかということ。人にはそれぞれ、求められること、やれること、生きる場所がある。果樹地帯の山梨で生姜農家というのはちょっとおかしな存在かもしれませんが、だからこそ面白がってもらえる活動なのかもしれない。やりがいや面白さをしっかり味わいながら、長く楽しく活動していけたらいいですよね」
穏やかな空気をまとい、終始笑顔で聞かせてくれる手塚さん。最後に、手塚さんが思う「かっこいい大人」とはどんな大人か、尋ねてみた。
「人生を楽しんでいる人かな。楽しいと思っていることに突き進み、仕事も遊びも一生懸命になれる人。私も今、ちょっとずつ自分が憧れる大人の姿に近づけているのかなと思います」

手塚 美砂子Misako Tezuka
山梨県南アルプス市出身、多摩美術大学環境デザイン学科卒業。東京でデザインの仕事に携わったのち、2018年にUターン。山梨県南アルプス市地域おこし協力隊員として農業と6次化を中心に2年半研修。その後、本格的に生姜栽培を始め「大人の夜のジンジャーエール」を開発。2021年ドリンクメーカー「SOIL」を設立する。
SOIL文:小栗 詩織 / 写真:砺波 周平





